TOP読み物>イメージノベル 第6話

登場人物

黒瀧 辰馬 (くろたき たつま)
[人間・男・30歳]

 久遠ヶ原の十三委員会のうち風紀委員会の委員長を務める大学院部の研究生。飄々としていて何処か軽薄な調子の三十男。黒スーツに赤ネクタイを締め、くたびれた茶色のコートを羽織る。暑い場所ではコートは脱ぐ。
 撃退士の犯罪者によって家族を殺害された過去を持つ。犯罪を、特にアウルを利用して不正を働く者達の事を許し難く思っている。
 風紀委員は学園内外の治安維持の為に働く。撃退士を取り締まる為の撃退士であり、久遠ヶ原の番人でもある。
 撃退士が法を犯した場合、通常の警察機構の手に余る事が多い為、全国に出動し取り締まりに当たる。時には海を渡り世界各国でそれに当たる事もある。の風紀委員会は国際的に捜査権限を承認されている)
 武器は拳銃と真鋼チェーンのついた投擲手錠、特殊警棒。
若い時は酒豪で知られていたが、最近お酒を飲むとつぶれるのが早くなり、徐々に年齢を感じ始めている。
(Illustration. 魁 祐耶)

 

第6話

 奈落の底を覗いたかのような闇の海に、ただ一点、光が輝いている。
 拡大すればそれは無数の建物や街灯の光が集まって出来たものだと解る。
 久遠ヶ原。
 極東の島国のさらに東、太平洋の大海原に浮かぶ人口島だ。
 巨大な学園を中心としてその周辺に街が形成されているこの島には、学園に通う学生以外の人々も多く存在していた。

「律紀、どう?」

 夜。街灯が輝く街の通りに女が一人立っていた。名を火村飛鳥という。火焔のように鮮やかな緋髪と、澄んだ青色の眼が特徴的だ。目鼻立ちは整っているが、鋭角にすっと引かれた眉がその性格を物語っている。久遠ヶ原学園に通う学生だ。歳は十六。今日は常の学生服ではなく、私服を着て髪を後ろで一つにまとめていた。

「特に動きはないみたい。いけるんじゃないかな」

 通りから歩いて来た銀髪の少年が言った。何処で見られているか解らないので、待ち合わせていた恋人同士のふりをする。中山律紀、歳は確か火村と同じ十六歳だ。中肉の中背で、瞳の色が翠だった。元々の色素が薄いのではなくアウルの影響で変化したのだと火村は彼から聞いていた。一見では人が良さそうに見えるが、何処かふてぶてしい面構えの男だ。

「あんたはいつも落ちついてるわね」

 他愛のない会話に混ぜて囁くと少年はそう? と、笑って囁き返した。

「そう見えるなら、俺の面の皮もなかなかのものだね。内心じゃ結構バクバクなんだぜ」

 律紀はそう言ったが、火村の眼からは言葉ほどには緊張はしていないように見えた。この少年は物腰は柔らかいが意外に胆が据わっている。魔神を相手にした時も冷静だった。
 火村が胡乱気に目を細めて見やると少年は肩を竦め、

「本当さ」

 と言った。
 少年が前にこの手の仕事と比べればディアボロやサーバントを相手にする方が気楽だね、と言っていた事を火村は思い出した。
――今回の依頼は天魔との戦闘、ではなかった。
 久遠ヶ原は日本国の法からの締めつけが緩く、所謂治外法権的な場所となっていた。それは天魔に対抗する為に法律に縛られていると活動が難しい為であったが、しかし、それが本来の目的から離れ、別の目的で利用される事も残念ながらあった。

『おーう、こっちの準備は整ったぜハニー。そっちが問題なければ、何時でも開始して良い』

 火村が耳につけているイヤリングから何処かけだるそうな壮年の男の声が響いた。声の主は黒瀧辰馬。十三委員会の一つ、久遠ヶ原学園の治安を取り仕切る風紀委員会の長だ。確か歳は三十程度。区分では大学院の部だが一応学生だ、彼も。 ――久遠ヶ原の学園と執行部は、本来の目的から外れた目的の為に島を利用する者達の事を見逃すつもりはないようだった。
 位置は火村も知らないが彼等は何処かから見ている筈だった。通りにそれらしき者の姿は見えない。だが、確かに彼等は居るのだ。

「誰がハニーよ」
『つれないねぇ。いい加減一人身も寂しくなってくるお年頃でサァ。ほら、言うじゃな〜い? ウサギも寂しいと死んじゃうって』

 火村が指輪に囁くと黒瀧からそんな軽薄なノリ返事が返って来た。通信機能は良好だ。

「あんたウサギって柄じゃないでしょ。せいぜいカラスね」
『えー』
「台所の黒い奴って言われたい?」
『そら勘弁』
「ならそれで良いでしょう。特になければ、釣り上げを開始するわ」
『りょーかい。頑張れー、大当たりならボーナスチャァ〜ンス。お兄さんが仕事の後に一杯奢ってあげよう』
「いらないわ」
『えっ』

 その言葉を最後に火村は通信を切ると何故か笑っている律紀を見て言った。

「行くわよ」
「あいよ」

 赤髪の少女は銀髪の少年と二人で歩きだした。通りに並ぶ仄かな蛍光色が輝く店へと入ってゆく。店内では拍子の激しい曲が大音量で流れていた。低音が身体の芯を揺らすように一定のリズムで響いている。
 律紀がフロントに行って店員らしき男と話し始めた。少ししてからドリンクを二つ持って戻って来る。片方を火村へと差し出して来た。礼を言って受け取り一口くちつける。液体が喉を通り抜けていった。

「普通ね」

 味は普通だった。
 不味くもなく、特別美味くも無い。

「まぁそういうもんじゃないかなぁ」

 少年は相変わらずの何処かのんびりした口調でそう言った。
 騒がしい店内を進む。
 薄闇を幾条もの光の筋が回転しながら照らしていた。光の筋が通り過ぎると、そこで踊る男女の姿が闇の中から照らされ浮かび上がっていった。
 店にも系統があるらしいが、この店は本気で音楽や踊りを愛している人間は少ないように火村には見えた。踊りづらそうな靴を履いたり服装をしている者が多い。つまり、そういう場所だ。
 店内の隅に置かれているテーブルに着く。しばらく律紀と話して時間を潰していると、やがて二十代前半の若い男が近づいて来た。一人。

「やぁ」

 にこやかに笑って男は言った。

「君達が不破さんと鳥居さん?」

 一瞬、何の事かと思ったが、律紀が男に笑顔を返した。

「ええ、俺が不破真治で彼女が鳥居櫻」

 そういえば偽名を使っていたのだと思い出す。

「真治クンに櫻チャンね。俺はケイって呼ばれてる。ヨロシクね」

 言って男は相向かいに席につく。挨拶をかわした後に火村は口を開いた。

「本当に電話一本で来てくれるのね?」
「俺は人が喜んでくれるのが好きなんだ。求められば地平の果てだろうと迅速に駆けつけるよ。まぁいただくものは、いただくけどね」

 営業用であろう笑顔を張りつけてケイは調子の良い台詞を言った。  あまり良い印象は受けない笑いだな、と火村は思った。男の八重歯が一部茶色く汚れていて、それが目についた。

「ほら、この島に住んでる人達って? ちょっとナーバスになってる子も多いじゃない? 世界を守る為に毎日のように天使や悪魔と戦ってるから、やっぱ大変なんだろうね。でも身を削って世界の皆の為に戦う! 感動的だよね。感謝しないといけないと思うんだ。だからね、俺はね、そういった子達の不安をね、少しでも取り除いてやりたいんだよ。なんていうか、生きる喜び? それを取り戻してやりたくってね」

 有難い事だ、と火村は思った。
 本気で言っているのかどうかは知らないが。

「本物なの」

 火村は淡々と問いかけた。律紀が少し心配そうに火村を見ていた。

「んんっ?」
「トモダチが言ってたわ、偽物とか混ざり物も多いって」
「ああ、なるほど。しかし、馬鹿いってもらっちゃ困る。確かにそういう話も多いみたいだけど、俺のトコのはホンモノだよ。実際使って貰えればすぐ解る」
「使うには買わないといけないじゃない。安くはないものを払ってから偽物でした、じゃやってらんないわよ」
「その心配はごもっとも。そうだねぇ、それじゃ、こういうのはどうだい? 初回は半値で良い。それで品質を確かめてもらって、気に入ってもらえたら次回からは正規の値段で買ってもらうっていうのは」
「半値?」
「そう」

 実際の金額を聞いてから、火村は言った。

「もっと安くならないの」

 その言葉に男は笑顔を消すと弱ったような顔をして言う。

「櫻チャン、勘弁してくれよ、これでも赤字覚悟の大サービスなんだぜ?」

 火村は少し考えるような仕草を作ってから律紀を見た。
 少年は頷いた。

「それで良いんじゃないかな」
「そう?」
「ケイさんは信用できると思う」

 真摯な顔と調子で少年は言った。どこからどう見てもお人好しの少年その一である。
 火村は偶に何を信じれば良いのか解らなくなる時がある、が、今はそれを悩む時でもないだろう。

「ん、解った‥‥‥‥それじゃ、ケイさん、それでお願いするわ」

 火村が言うとケイは満面の笑顔を浮かべ、

「天使はここで飛ばせるのかい?」
「ええ」

 言って火村は財布から紙幣を五枚抜いてテーブルに置いた。恐らく、日本の女達に最も愛されている偉人が静かにこちらを見据えていた。

「こいつだ」

 男は銀色のケースをテーブルに置き差し出して来た。
 火村は受け取り、中身を確認する。

「――確かに」
「それじゃ、商談成立だね。気に入ったら例の場所へ連絡してよ」

 ケイが言った。その背後に、くたびれた黒スーツに身を包んだ男が現れている事を確認する。
 火村はケイの笑っていない目を見据えて言った。

「気に入る事はないと思うわ」

 男が表情を変えた。
 ケイの肩に手が置かれ、その身が固まる。

「はい、御苦労さま〜」

 何処か軽薄な調子の声が響いた。

「あんた」
「久遠ヶ原学園風紀委員会だ。不純な商取引はいけませんってね〜。良い子はもう寝てる時間だぜ坊主?」

 ケイの瞳がギラリと薄闇に輝いた。若い男は弾かれたように椅子を蹴って飛び出し、黒瀧が即応して高速で動いた。
 男達が揉み合い、次の瞬間、ケイの身が車輪のように回転してホールに叩きつけられた。黒瀧がその背中を押しつけながら後ろ手にケイの両腕をまとめ、手錠をかける。



(Illustration. ワニ)

「素直に捕まっとけば良いのにナァ。逃げようとすると罪が重くなるんだ。知ってた? っても後の祭りだがねぃ」
「くそっ!」

 ケイは罵りの声をあげながらしばらくもがいていたが、黒瀧が少し動きをみせるとうめき声をあげて大人しくなった。
 黒瀧が立ち上がり、ケイを引き立たせる。もう一人、踊る人々の間から男が抜け出て来て手錠を取った。
 黒瀧が火村と律紀を振り返って言う。

「お疲れさん。後はやっとく。ご協力感謝」

 労いの言葉をもらったが不思議とあまり良い気分はしなかった。

「馬鹿な奴等だ」

 ケイが目を血走らせて笑った。

「俺には天使の眼がついている! てめぇらみたいな学生のままごと組織が俺達に手をだして、どうなるのか想像もできねぇのか?! アァ?!」
「天使の眼ねぇ〜、あんた、AOのトコの人ぉ?」

 黒瀧が言った。AO、またはアンゲルスオクルス、南の海を越えた国を本拠とする海外の巨大地下組織だ。最近、久遠ヶ原にも密かに勢力を伸ばして来ていると聞いた事がある。

「ひひっ――てめぇら、終わり、だぜ。天使の眼に舐めた真似してただで済むと思ってんのか」
「それこそね、久遠ヶ原を舐めてもらっちゃ困りますよ、とね。五月蠅いからちょ〜っと黙っててね」

 黒瀧が言って僅かに動き、ケイが動かなくなった。
 三十男は火村と律紀に向き直るとニカッと笑顔を見せて言った。

「ま、心配はいらないよ〜、十三委員会はそこらの人間相手には遅れはとらない。無論、君達にも手は出させない。安心してくれたまへよ」
「そうお願いするわ。お疲れさま。お先に失礼するわね」
「ほい、おつかれさん。またなハニー」

 火村は黒瀧達と別れ律紀と共に店の外へ出た。
 息を吐く。

「今回は人死にがでなくて良かった」

 んーっと声を洩らし、伸びをしながら律紀が言った。

「そうね」

 その言葉に火村も頷いた。

「どう思う?」
「なるようになるんじゃない」

 銀髪の少年は欠伸を洩らしながらそう言った。

「黒瀧さん達だって手慣れたもんだし――でもまぁ、もしも最悪が来ても覚悟の上でしょ」
「そうね」

 火村は頷いた。
 漆黒の空には月が煌々と煌めき、遠くで犬が吼えていた。

 続く






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