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第5話

 春が終わりを告げて夏が来る。
 太陽は日々その勢力を増して、日本の東、太平洋の大海原に浮かぶこの久遠ヶ原学園の気温メーターも、日々今年度の新記録を更新し続けているのだった。

「あーつーいー」

 鐘が鳴って講師が去り、受講していた生徒達がぞろぞろと退室してゆく。そんな中、夏服姿の女学生が一人教室の卓に突っ伏していた。火村飛鳥だ。
 俺は潰れている火村の背中に声を投げる。

「講義、終わったよ」

 休み時間を挟んで次は古典の講義だ。古典は現在いる教室とは違う棟で行われると掲示板には張り出されていたから、すぐに移動を開始しなければならなかった。
 しかし、

「解ってる。でも外、さらに暑いじゃないの‥‥!」

 と言って、まったく立ち上がるそぶりを見せなかった。

「確かに、暑いねぇ」

 俺が頷くと、机にぐでっとしながら少女は言った。

「あたしはね、今、一歩も動きたくないの。紫外線に肌を晒して焼き焦がされるような事態に遭うのは回避すべきだと考えるの。知ってる? 鏡を何百枚も集めて集中させればその光でステーキを焼けちゃったりするくらい太陽光線っていうのは強烈なのよ。あたしはそれを見た時思ったの。太陽光を甘く見てはいけないと」
「それ、何処知識?」
「この前教育番組でやってた」
「へーへーへー」

 そんな取りとめのない会話をかわす。火村はアケミさんの魂魄が星に還ってからしばらく元気がなかったけれども、落ち込んでばかりはいられないと言って、少なくとも表面上は元の調子を取り戻していた。本当に立ち直れきれているかは解らないけど、立ち直ろうとはしているようだ。
 それを薄情と言う者もいる。
 俺は自分が死んだ時、火村に一生落ち込みながら生きて欲しいと望むだろうか。死んでみなければ、解らない。
 ただ、今の俺は望まないと思い、そして望みたくはなかった。
 実際そうなる間際にはどうなるだろうか――とは少し思う。実際の事というのは、実際にならないと解らない部分もある。人生って奴ぁ解らない事だらけだ、とはどっかの誰かが言ってたけれども、昔聞いた時はそれほどピンとはこなかったけれども十六歳になって俺はようやくそうだなぁと実感を伴って思い始めていた。
 俺達にとって死はそれなりに身近だ。だからこそ、日々を良く生きるべきだと思う。
 そんな事をぼんやりと考えつつ火村に言う。

「でもさ、移動をしなければ次の講義にはいけない訳で、紫外線というの確かに大敵かもしれないけれど――そうだ、日傘でも差せば?」
「光は乱反射するから日傘ではおよそ五十パーセントの紫外線しかカットできないの」
「何処知識?」
「某アイドルグループの何気にちょっと面白い喋りする人がキャスター務めてる朝番組」
「君は国営放送が好きだなホントに」

 意外にテレビっ子である。ご両親が忙しく一人娘らしいので、その影響もあるのかもしれないし、ないかもしれない。単純にテレビ好きとも考えられるし、科学が好きだったり、もしかしたら某アイドルのファンなのかもしれない。
 ファンか。いや、それはないな、多分。そう信じた方が何処となく精神的健康に良い気がするのでそう信じよう。アイドルの名前なんて火村から今までに聞いた事ないし。

「どうかした?」

 不意に火村が顔をあげて小首を傾げた。

「いや別に」

 俺は素知らぬ顔で答えた。
 そう? と火村は目を瞬かせていたが、

「そうだ。律紀」
「なんだい」
「海にいきましょう」

 少女はそう言った。
 実に藪からスティックである。

「いつ?」
「今から」
「講義は?」
「サボる」

 駄目学生だな。

「うるさいわね」
「何も言ってないんだぜ」
「目は口程に物を言うのよ」
「前からちょっと思ってたんだけど、俺ってそんなに表情に出やすいの?」
「なんとなく」

 直感力が発達しているらしい。

「まぁ良いけど、泳ぐの?」
「今、水着ある? あたしは無いわ」
「俺も無い」
「じゃあ泳げないわね」
「何しに行くのさ」
「海を視に」
「わざわざこの炎天下の中でかい。お肌に大敵の紫外線は何処へ行ったのさ」
「忘れたわ」
「憧れる生き方だ」
「有難う。あたしは忘れるの。なんでもね」

 人は忘却に救われ、忘却に殺される。そう言ったのは誰だったか。
 思い出せない誰かの台詞。

「ま、良いけどね。付き合うよ。古典の講義は一回くらい休んでも落しはしない」
「ありがと律紀。よし、それじゃ行きましょ」
「あいよ」

 そんな訳で、俺は火村と一緒に講義をさぼって学園の外に出た。太平洋に浮かぶ人工島を歩いて南へ。強い夏の日差しの中を雑談しながら進んでゆけば、やがて白い砂浜と晴れ渡った空と、そして視界一杯に広がる水平線に出た。
 青に澄み渡る空と海だ。僅かに浮かぶ白い雲が、空の高い所で風に吹かれて流れてゆく。
 白い波が砕けながら押し寄せては退き、潮騒が静かに響き、鳥が声をあげて鳴いている。地球は丸い。青と青の狭間を見ているとそう感じる。
 火村が靴とソックスを脱いで波の方へと駆けて行った。
 暑いので靴のまま浜へ入って波がこない範囲で立つ。風に吹かれながら火村は波打ち際に立つと、じっと水平線の彼方を視た。

「海だ」

 火村はそう言った。

「海だね」

 火村の背中、赤いツインテールの髪が海風に吹かれてゆらゆらと揺れている。

「夏の海よ」
「夏の海だねぇ」
「青いわね」
「青いね」
「去年とは違う海ね」
「今年だからね」
「来年はまた違う海なのかしら」
「そりゃあ来年は来年の海があると思うぜ」
「そう」

 火村はぽつりと呟いた。
 白波の音が聞こえてる。寄せて、退いて、また寄せる。その繰り返し。ずっと繰り返されてきて、でもどれもまた二度同じ事は無い。何処かが違ってる。

「アケミさんの事を考えてるの?」

 俺が声を投げると火村が振り向いた。
 海色の瞳が俺を視ていた。

「口ほどに物を言うんだとさ」
「そうみたいね」

 火村は表情を変えずに言うと、

「あいつ、もう二度とこの海を、この海が変わってゆく姿を視る事はないのね」
「死んだからね」

 彼女の人生は終わった。

「うん‥‥」

 火村は呟いてまた海の方を向いた。

「君は生きてるぜ」

 俺はそう言った。

「解ってる」

 火村はそう答えた。
 初夏の太平洋の海辺は良く晴れていて、俺達はしばらくそれを眺めていた。
 俺には良く解らないけれど、多分、火村には必要な事だったんだろう。

 講義をさぼって海をただ視て、炎天下の中をまた汗かきながら歩いて帰って、学園に戻って来ると俺達と同じ学生達が笑い声をあげながら走り抜けていった。
 妙に陽気な生徒や、一方で実に暗い生徒が結構な割合でいる。普通な人達も多いんだけどね。
 俺達には比較的死が身近だ。
 撃退士はアイン・ソフ・アウルと呼ばれる力を行使する者達の事を指す。アウルとは尽きる事が無い無限の光だという。故に日本の言葉で無尽光。
 光は尽きないと、信じよう。


 続く


(Illustration. たかつき沙保)






小柄な身長に可愛らしい顔立ち、その割に発…



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