TOP読み物>イメージノベル 第1話

登場人物

中山律紀(なかやま りつき)
[人間/男/16歳]

 久遠ヶ原学園の生徒、高校生。新聞同好会部長の弟で久遠ヶ原学園に住む人間の中では数少ない常識人。
 姉をはじめとして周囲の個性派の人間達に振り回されて暮らしている。我の強い友人知人達の間に立って利害を調整して折衝をすることがしばしば。
 撃退士としての戦闘能力は格別に高いという訳ではなくそこそこ使う程度だが、人柄のせいか厄介事の際には頼られる事が多い。基本的に優しいが、割と機転が効き、いざという時には行動的な一面も持つ。自分を含め皆が幸せになるなら(限度はあるが)手段を選ばない節がある。物腰は柔らかめだが精神的にタフ。
火村飛鳥とは友人。
火村飛鳥(ひむら あすか)
[人間/女/16歳]

 久遠ヶ原学園の生徒。十六歳だが十四歳程度に見える少女。勝気で強気でプライドが高いが正義感も強く義理堅い性格。それなりに空気は読む方で、周囲に対して気配りしようとは思う程度には優しい。ただ恥ずかしがり屋であり素直でもないので、概ね捻くれた言動になる。
 また少し味覚がおかしいのではないか、と思われる程に辛い物が大好き。撃退士としての戦闘能力は平均より優秀な方で速度を活かして戦う。
 気が強く肉体の痛みには強いが精神的には少し脆い所があり、
一人で追い詰められるとドツボに嵌まるタイプ。
中山律紀とは友人。
(Illustration. 雨屋森) (Illustration. ヤガワ)

 

第1話

 神の声を聞いた事はあるか?
 そう問いかけられたら俺は首を横に振るけど、天使の声ならば聞いた事がある。
 関東某県の小都市道路上、陽の光を遮って白い巨大な男が咆哮を上げた。巨人だ。体長は五mを超えるだろうか。大木の幹の如き右腕を振り上げ、爆風を巻き起こしながら振り降ろして来る。天使の吼え声。俺は咄嗟にアスファルトの道路を蹴って後方に跳躍した。
 拳が眼前を一瞬で通り過ぎて道路に激突し、轟音と共に爆砕した。アスファルトの破片が宙に舞う。翼はなくとも『天使』らしい。
 赤色が宙に奔った。燃えるような真紅の髪の少女が長い髪を靡かせながら走り、紫炎を纏わせた大太刀を気合いの声と共に一閃させた。紫の一閃が『天使』の胴を深々と切り裂き鮮血を噴出させる。
 やった、と思った。
 しかしその瞬間、逆再生でもしたかのように『天使』の傷が一瞬で塞がり、奴はその巨大な左腕で少女を横薙ぎに払った。女の身に腕が炸裂して木の葉のように飛んで地を転がり『天使』がそれを追いかけるように咆哮をあげて跳躍した。
 俺は精神を集中させると脚部に光を集めた。槍を左手で肩に担ぎ地を蹴って猛加速する。風圧を感じながら上半身を起こした小柄な少女に迫ると、右腕を伸ばしてすれ違いざまに抱き上げ、そのまま道を突っ走った。後方で凄まじい爆音が轟いた。『天使』が降り立ち、道を砕いたのだろう。恐ろしいね、ほんともう。
「げほっ! ちょ、ちょっと、律紀、何処行くのよ!」
 駆けていると腕の中の少女が咽ながら叫んだ。
「火村、あれは正面からは無理だよ。ああいうのは、一撃で頭を砕かなければ駄目だ」
「……そういえば、窓口で頭が弱点だとかそんな事いってたわね? でもあの巨体よ。あたしもあんたも飛び道具無いし、どうやって頭を打てるというのよ!」
 火村の言葉に対し俺は思いついた作戦を説明した。
 簡単に言えば、一人が地上で敵の注意をひきつつ誘導し、その間に一人は通りの高い建物に昇り跳んで打つ、というものだった。
「安直ねぇ」
「うううう、五月蠅いな。普通に正面からやるよりは目がありそうだろ!」
「そうね、定石っていうのは知能が低い相手になら強いからね。解った、あたしが引っ張るからあんた撃ちなさい。降ろして」
「大丈夫?」
「あたしを誰だと思ってんの。あんたこそ、一撃で決めなさいよ!」
「へーへー、了解っ」
 俺は火村を降ろすと通りのマンションへと向かった。
 槍を振るってガラス製のセキュリティ扉を叩き割り内部に侵入する。階段を一気に駆け上がって五階まで昇った。
 通路を駆けながら縁によって見下ろせば、通りで火村が太刀を振り回し『天使』は拳を打ち降ろし、戦いながら徐々にこちらへと後退して来ているのが見えた。
(気づかれて宙で撃ち落とされたら終わりだな)
 そんな事を思う。
 マンションの縁で屈んで身を伏せ、機会を待つ。やがてマンションの前へと火村が来て、そして巨人が来て、通り過ぎた。
 俺は立ち上がると手摺りを乗り越え、蹴って、巨人の後頭部に向かって跳躍した。槍を振り上げる。
 風が唸り、巨人の後頭部が迫る。もう少し、という所で不意に巨人が肩越しに振り向いた。
 巨人が身を捻りながら腕を振り上げ、俺は叫び声をあげながら槍の切っ先を繰り出した。
――届け!
 時間がやけにゆっくりに感じられた。
 槍の切っ先が『天使』の額に鈍い手応えと共にゆっくりと突き刺さってゆく。入った。瞬後、身体がバラバラになりそうな程の強烈な衝撃が横から襲って、俺の身は吹き飛ばされた。槍は手放さなかった。穂先が滑り、突き刺していた巨人の額を削り斬って抜けてゆく。
 俺は通りのビルの壁に激突した。激痛の中で落下しながら歯を喰いしばって巨人を睨みつける。額から赤い色が噴出していた。
『天使』は鮮血を撒き散らしながら、ゆっくりとその巨体を仰向けに倒して行っていた。


 俺達、久遠ヶ原学園の生徒達には俗に『アウル』と呼ばれるちょっと不思議な力がある。その為、地球を守る為に異界からの侵略者である『天使』と『悪魔』と戦う存在だ。
 先日も巨人型の『天使』と戦って来た(正確に言うなら、あの『天使』はその眷属たる『サーバント』と呼ばれるものだったとかなんとか)。まるでお伽噺の中の一場面のような出来事。世界はどうしてこうなったのか、何か巨大なうねりに巻き込まれてしまったのか、それとも昔から密かに続いていたものが表に浮上して来ただけに過ぎないのか。
 そのようにちょっと現実味の無い戦いをやっている俺達だけど、本分は学生な訳で、年がら年中戦ってるって訳じゃない。依頼を受けて出動しない時は、概ね一般の生徒達と同様、日常生活を送っているし、実に退屈な授業もしっかりと受けている。
 眠気を誘う午前の授業の諸々をなんとか耐えきった先の昼時、何の気なしに眺めていた教室の扉がガラガラっと開かれて、学生服姿の赤毛のツインテールの少女が入って来た。
 知った顔だった。先日戦いを共にした火村飛鳥だ。視線が合うと、少女は真っ直ぐに俺の席へとやって来た。
「やぁ火村、どうしたんだい?」
「うん、昨日はお疲れ様。律紀って、いつも学食でご飯食べてたわよね?」
「ああ、俺は学食派〜」
 弁当を作るのは面倒くさいし購買のパンは魅力的だけど、あちらは激戦区なので勝ち取るには気合いが必要だ。偶になら良いけど毎日あの争奪戦に参加するのは身がもたない。
「じゃあさ、お弁当とか今日も持ってきてないわよね?」
「まぁ、持って来てないけど……」
 なんでまたそんな事を聞くのだろう、なんて思いつつ俺が頷くと、火村は俺へと包みを一つ差し出して来た。  差し出されたそれ――丁寧に紺色の布で包まれた長方形の物、を俺はしばし眺めていた。
 間。
 うめき声が洩れた。
「……知らなかったよ」
「……な、何が?」
「まさか俺が、火村に毒殺を目論まれるまでに怨まれていたとは……!」
「殺すかッ!! いえ、やっぱ殺すわ!」
 火村が教室の床を踏みつけ拳を振り上げた。
「だー! 悪かった悪かった! だって、えぇっ?! それ俺にくれるのっ? どういう風の吹きまわしだよ!」
「この前お世話になったからそのお礼よ! で、でも勘違いしないでね。貸しを作っとくのが嫌なのよあたしは! だからそれだけよ!」
 なるほど、貸しか。それは納得出来るかもしれない。プライドの高い火村らしい理由だ。
「でもさ、一緒の依頼を受けたんだし、仲間を助けるのは当たり前だよ。そんな、改めて礼なんてされる筋合いじゃないんだぜ」
「まぁあんたはそうかもしれないけど、火村家では助けられたらお礼するのも同じくらい当然なの。あたしが納まりが悪いのよ」
「納まり、ねぇ」
 まぁ落ちつかんものは落ちつかんのだろうな。そんな気にしなくて良いと思うのだけど。
「そうか、それじゃ、そういう事なら有難く頂くよー」
「うん、このあたしがあんたの為に作ってやったんだから畏まって有難く食べなさいね!」
 火村は昂然とそんな事を良い放ってから去って行った。
 その細い背を見送ってから俺は包みを持って学食へと移動した。日頃一緒に飯を喰っている友人と雑談しながら包みを広げる。
「へぇ、お前今日は弁当か、珍しいな」
「まぁ色々あってさ」
 などと言ってちょっとウキウキしながら弁当箱を空ける。ああは言ったけどやっぱ何か貰えると嬉しいよね。手作りの弁当なんて何年ぶりだろう。
 さて、中身は、どんなもの、か、な……?
「……中山」
 友人が、唖然としている俺と一緒に中身を覗きこんで呟いた。
 中身は、なんというか、赤かった。激辛的な意味で赤かった。毒々しいまでに真紅に染まっている。野菜は良い、肉は良い、他の諸々も良いとしよう、だが、シャリまで赤いとかどういう事なんだ。
 喰ったら火炎でも吐けそうだ。だから火村なのか。馬鹿な。
「お前ん家の弁当ってさ、刺激的そうだな」
「うん、俺もそう思う」
 俺は紅に染まった弁当を見下ろしながらそう呟いた。
 慰めてくれる奴は、多分誰もいないんだろうな。


 放課後、
「律紀、今度の休日、暇?」
 火村がやって来てそんな事を聞いて来た。「うん?」と答えて視線をやると、
「ほら、もうじき夏じゃない? だから執行部がさ、プールの掃除をしてる奴を探してるんだけど、なかなか人が集まらないらしくってさ。あたしと後一人が引き受けたんだけど、やっぱそれ以上人が集まらないのよ」
 とそんな事を少女は言った。
「で、俺、と」
「うん、無理にとは言わないけどさ、どう?」
「良いよ、暇――」
 新聞作れー、スクープ取ってこいー、と叫んでいる新聞部部長の姉の姿が一瞬脳裏をよぎった。
 暇ではないな、うん。
 でもまぁ、二人だけであのでかいプールを掃除っていうのもなぁ。
「執行部からの依頼なら報酬も出るんだろう?」
「やっすいけどね。冬場明けだからプールすっごい事になってそうだし」
「それでも誰かがそれをやらねばならぬならーって事なら、期待の人の中山律紀は微力を尽くしましょう」
「ん、有難うね。水泳の授業とか海近いんだし素直に浜使えばいーじゃんって思うんだけどさ」
「泳げない人達がいきなり海は危ないしねー」
 などと雑談しつつ依頼内容の説明を受け、俺は執行部からの清掃依頼を引き受ける事にしたのだった。
「でさ……あれ、ど、どうだったっ?」
 不意に火村が咳払いして、少し緊張した面持ちでそう切り出して来た。
 あれ――ああ、弁当か。
「火村って辛い物好きなのかい?」
「うん、辛い物好き。美味しいし」
 こくりと頷いて少女。特に悪意があった訳ではないらしい。彼女の味覚では、美味しいのかもしれない。
 俺はにっこりと笑って言った。
「――美味しかったよ」
 仏よ。
 正直は、美徳だと思う。嘘を吐くのは、罪だろう。
 でも、正直なだけでは、誰かを傷つける事もあると思うんだ、俺は。
「あ、ほんとっ?!」
 ぱぁっと顔を輝かせて火村が言った。
「やー、初めて作ったからちょっとドキドキだったのよね。流石よねあたしっ!」
 少女はわはははと胸を張ってふんぞり返った。
「うん、流石火村だ。ありがとうな」
 笑顔を向けると少女は笑って、
「えへへー♪ あ、そうだ、律紀っていつも学食なんだよね。よかったらまた明日お弁当作ってあげようか?」
「えっ」
 静寂。
「……いらない?」
 火村が少し悲しそうに瞳の色を変えて俺を見た。
「いりますとも!」
 俺がそう答えると、またぱっと火村は笑顔を見せて、
「そ、そう? それじゃあ、そう言うんじゃ、仕方ないわね。明日も作って来てやるわよ!」
 嘘ってやっぱりいけないのかなぁと思うのは、こんな瞬間である。ヒデェヤ因果応報。
「有難う、嬉しいんだぜ」
 は、はは、と乾いた笑みが宙を流れてゆく。
「…………ほんとは、不味かったんでしょ?」
 何故か上目遣いに火村が睨みつけて来た。
 俺は至極滑らかに答えた。
「ソンナコトハナカッタンダゼ」
「やっぱ不味かったんだ! くぅっ、馬鹿にして! いいわ、絶対今度は美味しいって言わせてやるんだから!」
 涙目で火村が言った。
「お、美味しかったって言ってるだろ?!」
 天使や悪魔と戦うのは大変だけど、人を傷つけずに過ごそうとするのも、これもまた大変だよなぁと、俺はそんな事を痛感するのだった。

 続く






小柄な身長に可愛らしい顔立ち、その割に発…



卒業試験

推奨環境:Internet Explorer7, FireFox3.6以上のブラウザ